平成19421,22

「使徒のき」の勉

場所:川崎市青少年の家

講師:李パウロ牧者(韓、冠岳UBF

加者:林祈、宋基濬(以上、慶應UBFの宣師)、金エレミヤ、金リズ(以上、UBFの宣師)

 

 2007421,22日に、李パウロ牧者とともに使徒のきの御言葉を勉した。約8時間、勉強した。13章から20章までであった。李パウロ牧者の講義を聞いて、僕が理解したのを纏めた。講義の容と僕が理解したこととの差がありうると思う。撮影された映像と比較しながら、聞くほうが良いと思う。

 

T.この世の権力と教会(12章)

 使徒の働き1213節をご覧ください。「そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕えにかかった。それは、種なしパンの祝いの時期であった。」ヘロデ王がヤコブを殺しました。そして、ペテロも殺そうとしました。その理由は何でしょうか。2節を見ると、ユダヤ人の気に入ったのを見て、と書いてあります。すなわち、人から人気を貰おうために、人気のものになりたくてそういう殺人を犯したのです。

 教会は危機に直面しました。教会が芽生える時期に王の権力、国家の権力が教会の新芽を踏み荒らそうとしているからです。巨大な国家権力の前で教会の運命は風前の灯火のように見えました。実際にペテロはヘロデ王の兵士たちに捕まれて死ぬ時だけを待っている立場になりました(4)。

 

 ここで疑問を抱くことが出来ます。政治権力が教会を無くそうとしています。教会はそれを防ぐ力がなさそうです。果たして、教会はどうなるのでしょうか。このままなくなるのでしょうか。

 7節をご覧ください。「すると突然、主の御使いが現われ、光が牢を照らした。御使いはペテロのわき腹をたたいて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい。」と言った。すると、鎖が彼の手から落ちた。」ペテロは主の御使いの助けによって放されました。ペテロがやったことはありませんでした。ペテロは寝ていました。なのに、主の御使いが現われ、ペテロを助けました。

 主の御使いの助けによって放されたペテロは何と言ったのでしょうか。11節をご覧ください。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」ヘロデの手とは何でしょうか。それは政治権力だと言えます。ユダヤ人たちが待ち構えとは何でしょうか。それはイエスを信じる者たちが滅ばされるを願っているのです。上からは政治権力が教会を押さえています。横からは同じ民族であるユダヤ人たちが教会が滅ばされるのを願っています。このような敵的な環境で教会が生き残れるのでしょうか。少数が多数に囲まれていますが、多数はあのやつら(少数)を抹殺しよう、と思っているのです。しかし、主が御使いを送って助けてくださって教会が救われました。

1223節をご覧になると、この世の権力の上にある神様の御力を考えてみることができます。「するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた」ヘロデ王が神に栄光を帰さなかったから、なくなりました。さらに虫にかまれて息が絶えました。昔、侍たちは女の手で死ぬこと、名も知られていない百姓の手で死ぬことを恥に受け入れたようです。自分が女の子より、百姓より劣っているものであることを反証する、ということだと思ったようです。では、虫にかまれて息を絶えたヘロデ王はどういうものでしょうか。王が犬にかまれて亡くなって恥なのに、虫にかまれて死んでしまったのです。神に栄光を帰さなかって虫にかまれて死んだヘロデ王を考えると、結局王の上ある存在は神様ではないか、という結論に至らないでしょうか。

 

U.パウロと世界宣教

U.1 アンテオケ教会とキリスト者

 13章よりは使徒パウロに対する記録であると言えます。人物も変わり、宣教の地域も変わります。13以前の御業の(記述)中心はエルサレム教会でしたが、これからの中心はアンテオケ教会になります。1119-21節をご覧になると、アンテオケ教会が立てられた経緯が書いてあります。キプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えました。そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返ったのです。

 1126節の後半部をご覧ください。「弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」キリスト者の意味は何でしょうか。なぜアンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれたのでしょうか。エルサレム教会とアンテオケ教会を比較しながら考えてみましょう。エルサレム教会の人々はユダヤ人でした。彼らに律法がありました。律法の(背景知識としての)基礎でイエス様を救い主で信じました。しかし、アンテオケ教会は違いました。彼らはギリシヤ人でした。律法に関する知識もありませんでした。25節と26節の前半部をご覧になると、使徒パウロが1年間、大勢の人たちを教えたと書いてあります。使徒パウロは彼らに何を教えたのでしょうか。使徒パウロの思想の根源は、人は神様の御恵みによって救われる、と言われます。救いは律法nあるのではありません。御恵みにあるのです。アンテオケで使徒パウロが教えたのは恵みによる救いと思われます。もう一度、1126節の後半部をご覧ください。「弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」初めて、キリスト者と呼ばれるようになったとは、恵みに基づいた救いを信じるものたちは出現しはじめた、と受け入れられます。無論、エルサレム教会が恵みの重要性を無視したことではありません。彼らの恵みによって救われたのを知っていました。

 

U.2 エルサレム教会

 ここで15章のエルサレム教会の話をやってみましょう。151,2節をご覧ください。「さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、『モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない。』と教えていた。そしてパウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じたので、パウロとバルナバと、その仲間のうちの幾人かが、この問題について使徒たちや長老たちと話し合うために、エルサレムに上ることになった。」アンテオケにユダヤ人が来て救われるためには割礼、すなわち律法が必要だと教えました。それで、パウロやバルナバと彼らとの間に激しい対立と論争が生じました。なぜでしょうか。それは、救いは恵みによることなのに律法が必要だと主張しているからです。この問題のために、アンテオケ教会は人をエルサレム教会に送りました。これに関するエルサレム教会の反応は何でしょうか。ペテロが言います。1511節をご覧ください。「私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、あの人たちもそうなのです。」、主イエスの恵みによって救われた、ということを明確に宣布したのです。

 

 アンテオケで初めてキリスト者と呼ばれるようになったのは主イエスの恵みによって救われたことが明らかになる出来事です。これは、これからのことを考えると非常に重要な意味をもっている出来事です。これからの宣教はユダヤのみの宣教ではありません。世界宣教です。世の果てまで福音を伝えるためには、再び救いとは恵みによって与えられる、ということを確認する必要がありました。恵みによる救いがユダヤ人ではない異邦人に伝えられて教会まで立てられたのは、それを象徴する出来事だと思います。アンテオケ教会の世界宣教の出発点になったのです。

 

U.3 世界宣教において初めの出来事

 132節をご覧ください。「彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、『バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。』と言われた。」アンテオケで教えていたバルナバと使徒パウロに任務を任せたのは御霊です。教会が計画を立てて世界宣教を行ったことではありません。御霊の指示によって世界宣教が始まったのです。これからのことも、これからの御業も御霊によって行われます。

 

 134節をご覧ください。「ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。」そこで二人は、総督に出会います。7節をご覧ください。総督セルギオ・パウロがバルナバとサウロを招いて、神のことばを聞きたいと思っていました。ところが、8節をご覧になると、魔術師エルマがふたりに反対して、総督を信仰の道から遠ざけようとしました。

 この出来事には、三人の人が登場します。一人は導く人(使徒パウロ)、一人は導かれたい人(総督)、一人は導かれるべき人、あるいは邪魔する人(魔術師)がその三人です。これに何の意味があるのでしょうか。キプロスの出来事の世界宣教の初めです。使徒の働きの著者はこういうことを初めに書いておきました。なぜでしょうか。初めの出来事はこれからのことを代表的に象徴すると言えます。これから起こる世界宣教の出来事がこういう形ではないかという思いを持たせます。導く人、導かれたい人、邪魔する人が登場します。こういう場合、私たちはどうすべきでしょうか。使徒パウロはどうしましたか。10,11節をご覧ください。「ああ、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵。おまえは、主のまっすぐな道を曲げることをやめないのか。見よ。主の御手が今、おまえの上にある。おまえは盲になって、しばらくの間、日の光を見ることができなくなると言った。するとたちまち、かすみとやみが彼をおおったので、彼は手を引いてくれる人を捜し回った。」使徒パウロは邪魔するものと闘いました。

 使徒パウロは主のまっすぐな道に人を導いていました。主のまっすぐな道とは、人が歩むべき道、主、あるいは救いに至れる道だと思います。こういう道に人を導いているのに、邪魔するものは、あらゆる偽りとよこしまに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵になります。

 私たちも主のまっすぐな道に人を導いていますが、こういうに思いがちです。「誰が邪魔しても導かれるものに明確に福音を伝えると、邪魔するものがあっても導かれるものが自ら判断して主のまっすぐな道に歩むだろう。」しかし、使徒パウロのことを見ると、そうではないことがわかります。まず、邪魔するものを除去しました。魔術師に罰を上げて日の光を見ることができなくなるようにしたのです。すると、12節に書いてあるように総督は信仰に入りました。私たちのターゲットをどこに置くべきかに関する問題、その問題の答え中のひとつの糸口を使徒パウロは見せてくれているのではないかと思います。偽りと戦うことです。偶像崇拝が偽りだと明確に言うこと、主の道に入ることを邪魔するものを叱ること、それが宣教において私たちのターゲットになれます。

 

U.4 ルステラとギリシャ神話

 14章8節からの出来事をご覧ください。ルステラで使徒パウロは奇跡を行いました。それを見て、その地方の人々は「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ。」と言いました。すると、町の門の前にある神殿の祭司が使徒パウロの下に来て群衆といっしょに生贄を捧げようとしました。なぜでしょうか。

 ルステラの人々はお下りになった神々、ゼウスとヘルメスを見分けない罪を犯したくないからです(ギリシャ神話ではそういう罪で皆殺しされた話があります。)ルステラの人々はギリシャ神話に支配されていると思います。生贄を捧げようとしたも神の怒りを避けたいという心があったからです。

 

 私たちは何によって支配されているのでしょうか。聖書の使徒の働きには、少なくても三つに支配されている人々が登場します。ルステラの人々のようにギリシャ神話に支配されている人々、ユダヤ人のように律法に支配されている人々、そしてイエス·キリストの御恵みによる救いに支配されている人々です。

ギリシャ神話に支配されているルステラの人々に使徒パウロは言います。1415節をご覧ください。「皆さん。どうしてこんなことをするのですか。私たちも皆さんと同じ人間です。そして、あなたがたがこのようなむなしいことを捨てて、天と地と海とその中にあるすべてのものをお造りになった生ける神に立ち返るように、福音を宣べ伝えている者たちです。」パウロはこういう生贄がむなしいことだと言いました。むなしいこと、無駄なこと、いくら努力しても神様の怒りから逃げることができないことです。

ところで、使徒パウロは非常に挑戦的な言葉を語りました。15節のパウロの言葉は「お前らが信じているものをむなしいことだ。」という意味ではないでしょうか。ユダヤ人には「お前らが違った」と言ったと間違いありません。ですから、19節に書いてあるようにパウロを石打ちにしたのではないでしょうか。日本の場合であれば神社の前で、「お前らが信じているものをむなしいことだ。」、「お前らが違った。」と叫ぶことと同じであると思います。挑戦的であり、死ぬ覚悟したものの姿勢と思います。

 

 17節をご覧ください。「とはいえ、ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」17節を読むと、神様の証がわかります。何でしょうか。食物と喜びとで、心を満たしてくださったのです。

ギリシャ神話に支配されているルステラ人たちの心には恐れがありました。神様のご怒りによってほろばされるのではないかという恐れです。しかし、神様が自分を証するために私たちに与えてくださったのは喜びと心の満足です。神様を信じるものになければならないのがこの喜びと満足です。キリスト者に悲しさと不満が満ちているならそれは神様の栄光を表さないことだと思います。

 

U.5 ピリピでの賛美

1616節をご覧ください。「私たちが祈り場に行く途中、占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させている者であった。」占いの霊につかれたものを通して多くの利益を得させているものがいました。占いの霊につかれたものを癒してあげなければならないのに、そのものを通して利益を得ていました。18節を見ると、パウロが彼女から霊を追い出しました。19節をご覧ください。「彼女の主人たちは、もうける望みがなくなったのを見て、パウロとシラスを捕え、役人たちに訴えるため広場へ引き立てて行った。」ここで二つの問題を見つけることができます。ひとつは占いが多くの利益を得させたことです。ピリピの人々が不安だったようです。ですから占いを見たと思います。もうひとつは利益、お金に対する望みです。憑かれた女の子が解放されたことより、金に対する望みがなくなったことをもっともったいなく思ったのはピリピのものにある問題を表したと思います。

お金に対する望みがなくなった問題なのに、21節を見るとピリピのものは風習を事寄せてパウロとシラスを牢に入れました。ここでパウロはどういう気持ちだったのでしょうか。自分たちはやったのは霊に憑かれた哀れみの女の子を助けてあげたことです。自分たちは風習の問題に打たれ、されに奥の牢に入れられました。牢(刑務所)は人を切望させる所です。一度牢に入ってきたものは二度と入らないようとするそうです。それほど、牢は入りたくない場所です。でもその中でパウロとシラスがやったのは何でしょうか。25節をご覧ください。「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。」彼らは賛美の歌を歌いました。すると何が起こったのでしょうか。26節をご覧ください。「ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。」人が何かに縛れると、また何所かに閉じこめられると、おのれの不運な身の上を嘆きやすいです。呪いの言葉を荒々しくむやみ言い放ちやすいです。でもパウロとシラスは賛美の歌を歌いました。そして、みなの鎖が解けてしまいました。神様を賛美したとき、状況は完全に変わりました。縛れていたすべてが解けてしまいました。

 

 30節をご覧ください。自殺しようとした看守が訊きました。「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」看守はなぜ救いについて尋ねたのでしょうか。看守が思っていた救いとは何でしょうか。看守は自分の人生について考えたようです。囚人たちを見ながら、また扱いながら乱暴な行動もやったと思います。そういう行動が後に災いをもたらすのではないか、ということがあったようです。それでそれを訊いたと思います。それに対する使徒パウロの答えは何でしょうか。31節をご覧ください。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」

 

U.5 コリントで感じた恐れ

使徒パウロがコリント教会に送った第Tコリントへの手紙23節をご覧ください。「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。」使徒パウロが弱く、恐れおののいていたと書きました。使徒パウロは先に書いたように非常に挑戦的な人物です。ユダヤ人から石打されても恐れませんでした。死ぬ覚悟したものの姿勢を何度も見せてくれたものです。そのような使徒パウロが恐れました。使徒の働き189節をご覧ください。「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。』」これを見ると、やはり使徒パウロが恐れていたことが分かります。ルステラでは石打でした。ピリピでは打たれた後で牢に入られました。聖霊の導きによって宣教しに来たのに、死ぬ危機まで直面しました。宣教の初めでは宣教の実を結ぶようになると思ったのに、見える実はありませんでした。使徒パウロは不安、懐疑を抱くようになったかもしれません。自分が信じていたものが崩されていく、と感じたかもしれません。果たしてヨーロッパの人々に福音が通じられるか、という疑いに巻き込められたかもしれません。この時、使徒パウロは何をやったのでしょうか。

推論はできます。185節をご覧ください。「シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した。」御言葉を教えることに専念し、イエスがキリストであることを宣言しました。第Tコリントへの手紙21,2節をご覧ください。「さて兄弟たち。私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。なぜなら私は、あなたがたの間で、イエスキリスト、すなわち十字架につけられた方のほかは、何も知らないことに決心したからです。」十字架のイエスキリストの以外は何も知らないと決心しました。これは多分、意図的にやったと思います。宣教の恐れと信仰の懐疑の下で、もう一度聖書の研究したのではないかと思われます。それで、十字架のイエスキリストの以外には何も役に立たないのを悟ったのではないかと思われます。

また疲れた使徒パウロは自分の努力と能力は何もできない、と悟ったかもしれません。第Tコリントへの手紙25節をご覧ください。「それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした。」神の力にささえられるためであると書きました。神の力にささえられなければできるものは何もない、ということを学んだと思います。

自分が弱まった時、自分にできるものが何のひとつもないことを悟った時、使徒パウロは御言葉を研究し、神様のみを頼るようになったのです。宣教は自分ではなく神様がやることをコリントで再成立したと思います。

 

U.6 エペソ、そしてローマも

199節の後半部をご覧ください。「パウロは彼らから身を引き、弟子たちをも退かせて、毎日ツラノの講堂で論じた。」また、御言葉10節をご覧ください。「これが二年の間続いたので、アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞いた。」使徒パウロが御言葉を論じると、またそれを毎日やるとアジヤに住む者はみなが主の言葉を聞くようになりました。さらに、12,19節を見ると、パウロの身に着けている手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気は去り、悪霊は出て行ったし、また魔術を行なっていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てました。大きな御業が行われたのです。20節をご覧ください。「こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。」そして、使徒パウロが言います。21節の後半部をご覧ください。「私はそこに行ってから、ロ−マも見なければならない。」と言った。

 

コリントで使徒パウロは恐れを感じました。懐疑を抱きました。宣教ができるか、ということでした。しかし、コリントで悟ったのは自分ではない神様がやる、ということでした。エペソで見たのは、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行ったことでした。そして言いました。「ロ−マも見なければならない。」この言葉の意味は何でしょうか。見るとは観光しにいくのを意味しているのでしょうか。違います。御言葉でローマ社会も勝てる、その確信があるということです。エペソ教会の長老たちに別れのあいさつをやるとき、使徒パウロは言います。2032節をご覧ください。「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」御言葉が人を育成し、御言葉が御国を継がせます。エペソの御業を通して使徒パウロが悟ったのがまさにこれです。

 

御言葉に力があります。御言葉、自体が能力です。宣教は人がやることではなく、神様が、神様の御言葉がやることです。使徒の働き13章から20章のことはこれを表したと思います。